歴史に関する小ネタあれこれ(世界史編)イエスには兄弟がいた?

地理・歴史系
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はじめに

日本史同様、簡潔に伝えられる雑学を小ネタにしていくつか挙げます。

ガンジーは元々弁護士だった。

インド独立の父ガンジー・マハトマ。
独立運動を推進する以前、彼は弁護士でした。
南アフリカに仕事で出かけ、列車に乗る際、白人しか乗れないという席に座っていたら追い出されたのをきっかけに白人支配の社会に疑問を抱き、英国に支配されていたインド社会の貧困や差別に目を向けます。
結果、非暴力、不服従を貫き、見事にインドを独立へと導きました。
ただ、イスラム教徒とはどうしても折り合いがつかず、パキスタンが独自に独立したことは悔やんだようです。
最後は凶弾に倒れたものの、ガンジーの精神は今もインドで生きています。
ちなみにイスラム教徒と折り合いが付かなかったひとつの理由に、インドに伝統的に存在するカースト制度という身分差別を嫌った人々が、イスラムのほうへ流れたからという見方もあります。

カエサルとクレオパトラの子はその後どうなった?

ローマの英雄ユリウス・カエサルと、美女と名高いエジプト女王クレオパトラとの間には、カエサリオンという男の子が生まれています。
後にエジプト王プトレマイオス15世となりますが、結局、カエサルの後継者となったオクタヴィアヌスに殺されています。
カエサルには妻や愛人がたくさんいましたが、男児はこのカエサリオンしかいませんでした。
甥から養子になったオクタヴィアヌスには、後継者争いの敵となる可能性があったから消されたと言われています。
女児だったら、おそらく殺されなかったでしょう。
クレオパトラには、カエサル以外との男性の間に何人か子がいましたが、彼らは後にローマ市民として厚遇されています。
カエサリオンはカエサルが父親というのがまずかったわけですね。

タレーランはメートル法の提唱者でもある。

フランスの政治家タレーラン=ペリゴール。
ナポレオンに仕えていましたが、後にルイ18世にも仕え、変節漢の代表とも言われる人物です。
一方で、ナポレオン戦争後、敗戦国であったフランスの国益を守り切ったとして、外交の天才としても評価されています。
このタレーラン、実はメートル法の提唱者でもあります。
フランス革命直後、国民議会の議員を務めていた際、世界中で様々な長さの単位が乱立していたのを統一しようと提唱しました。
外交以外でも名を残した人物なのです。

怪僧ラスプーチンの最期

帝政ロシア末期に現れた、謎の人物ラスプーチン。
皇太子の血友病を手をかざしただけで治したため、皇帝から信頼を受け、政治に関与したとされていますが、その最期も超人らしいエピソードで飾られています。
最終的には青年貴族たちに殺されたのですが、まず、毒入りの食べ物、飲み物を口にしてもびくともせず、次に鉄製の燭台で頭を殴られましたが、これまたびくともしませんでした。
次に何度かピストルで撃たれましたが、これでも死なず、最後は絨毯で簀巻きにされたあと殴打され、冬の川に放り込まれましたが、死因は凍死や心臓発作ではなく、溺死だったということです。
このラスプーチンのイメージから、ロシアでは同じ姓を嫌い、改姓した者が多いとか。
ロシアの大統領プーチン氏の一族もそうだと言われていますが、本人は否定しています。
ちなみに漁色家だったというのは捏造とされていますが、巨根の持ち主だったのは間違いなかったらしく、30センチを超える大きさの「それ」は、今も博物館に保管されているそうです。

呪われたティムールの棺

一時、西アジアを席巻した覇者ティムール。
一説にはチンギス・ハンの末裔ともいう彼の棺には、開けたら災いが起こるという趣旨の言葉が書かれていました。
また、棺の内側には「墓を暴いた者は、私よりも恐ろしい侵略者を解き放つ」と書かれていたとのこと。
実際、旧ソ連の調査隊が開けたところ、翌日ナチスドイツの侵攻が始まったというエピソードがあります。
墓は二段構造になっていて、上にダミーの棺があり、その下に本物の棺が隠されていました。
遺体には記録どおりの場所に傷があったとか。
右脚が不自由だったと伝わっているティムールですが、膝に矢傷の痕が見つかったそうです。

カメハメハ大王はカ・メハメハと区切るのが正しい。

ハワイを最初に統一した大王カメハメハ1世。
この人の名はカ・メハメハと区切るのが正しいです。
ハワイ語で「孤独な人」「物静かな人」という意味になります。
ちなみに童謡の「南の島の大王は〜♫」で始まる歌はカメハメハではなく、ハメハメハです。
カメハメハ大王の友人という設定だとか。
ただし、ハワイの古い文献にはカメハメハのことをハメハメハと書いている文献もあるとのこと。

イエス・キリストには兄弟がいた。

イエス・キリストには少なくとも4人の兄弟と2人の妹がいたとされています。
ヤコブ、ユダ、シモンなどとはっきりと名が残っていて、十二使徒に同じ名前の人物がいることから、同一視される場合もあります。
しかし、聖母マリアの処女性を重んじる宗派からは認められておらず、「当時の兄弟という単語には従兄弟も含まれていた」、「マリアは後妻であり、兄弟たちは前妻の子である」と半ば強引な説を唱えています。

マリー・アントワネットの名言には元ネタがある。

マリーアントワネットの名言といえば、「パンがなければケーキ(ブリオッシュ)を食べればいいじゃない」ですが、本当に言ったかどうかはともかくとして、古代中国で同じようなことを言った皇帝がいます。
晋の恵帝で「米がないなら肉粥を食べればいい」と言ったとか。
暗愚とも暗愚のふりをしていたともされる皇帝ですが、この話を元にアントワネットの逸話は作られたのではないでしょうか。

フン族の大王アッティラの死因は鼻血?

ヨーロッパを震撼させたフン族の大王アッティラ。
アッティラ率いるフン族の西方進出がゲルマン民族の大移動を生み出し、西ローマ帝国が滅ぶなど、歴史に与えた影響は大きいです。
その彼の死因ですが、新婚初夜の日に大量の鼻血を出したことだと言われています。
花嫁を前にして興奮しすぎたのでしょうか?
突然だったので、毒殺または刺殺されたという説も当然あります。
彼の死後、息子たちによる後継者争いが起こり、その王国は崩壊します。
なお、現在のハンガリー人(マジャール人)はアジア系(フィン・ウゴル族)ですが、フン族の末裔と言われています。
ちなみにギリシャの三大悲劇詩人のひとりアイスキュロスは、鷹が落とした亀が頭に激突して死んでいます。

ルイ14世には歯がなかった。

フランス王国の最盛期を作り上げ、太陽王と呼ばれたルイ14世。
晩年の彼には歯がなかったと言われています。
虫歯で抜け落ちたのではなく、主治医がすべての病気の原因は歯にあると信じていた人だったので、歯を全て抜かれたのです。
しかも、麻酔なしで手術が行われたので激痛に苦しんだとか。
そのため、食事には大変苦労したらしく、食べられるものが限られていました。
そのせいかどうかは不明ですが、常に胃腸の調子も悪かったと伝えられています。

詩人ゲーテ最後の言葉

「ファウスト」などの名作で知られるドイツの偉大な詩人ゲーテ。
その最後の言葉は「もっと光を!」であったと伝わっています。
いかにも詩人らしい最後の言葉であるようにも思えますが、実際は病室が暗かったので、窓を開けてくれと言ったというのが真実のようです。
しかし、意味のある言葉と思わせるのは、実績あってのものでしょう。

8月に31日があるのはアウグストゥスのせい?

英語で7月は「July」、8月は「August」と言いますが、これはそれぞれユリウス・カエサルと、その養子で初代ローマ皇帝となったオクタビアヌス(尊称アウグストゥス)の名前が由来です。
「7月が31日まである大の月なら、8月も(本来は30日までしかない小の月だったが)大の月にしろ」とアウグストゥスが言ったという説があります。
それにより暦が複雑になりました。
ちなみにジューンブライドが理想とされるのは、ローマ神話における結婚を司る女神ユノ(ギリシャ神話におけるゼウスの妻ヘラと同じ神)が6月「June」の由来であるためですが、ヨーロッパで気候が良い時期なのが6月だからというのが実際のようです。

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