「三国志演義」「西遊記」「金瓶梅」と並ぶ、中国四大奇書のひとつ「水滸伝」。
しかし、「三国志演義」や「西遊記」に比べると知名度が低いです(金瓶梅は水滸伝のスピンオフ的作品であり、他の作品と比べて別種の物語であるため除外)。
「梁山泊」という単語は聞いたことがあっても、「水滸伝」や、それに関するエピソードを知っている人は少ないのではないでしょうか。
理由はいろいろ考えられますが、読んでみるとかなり面白い作品ですので、読まれないのがもったいないと思っていました。
少しでも水滸伝を読んでもらいたいと考え、基本的な知識をまとめてみました。
そもそもどんな物語?
舞台は中国、宋の時代です。
宋はのちに異民族の侵入を受けて、便宜上、北宋と南宋に分けられますが、その北宋末期(西暦1000年から1025年頃)の頃の話です。
時の皇帝は徽宗(道君)皇帝。
この皇帝は文化人としては超一流で、宋代を代表する芸術家として歴史に名を残しているほどですが、政治にはまったく興味を示さず、大臣たちに任せきりでした。
そのため、悪大臣たちはやりたい放題で政治は乱れ、官軍の士気は落ち、役人の間では賄賂が横行していました。
国内では政治の乱れから、各地で反乱が起こっていました。
水滸伝の主要人物たちは天の魔星が人としてこの世に生まれ変わった存在とされ、全部で108人います。
この108人は役人やら馬泥棒やら医者やら漁師やらいろいろな特技や経歴の持ち主でもあります。
彼らが数奇な運命をたどって、梁山泊という天然の要塞に集まり、悪大臣たちを追放して、国を替えようと立ち上がります。
その集まるまでの運命的な出会いや、悪人たちを問答無用でぶん殴るというようなところが、痛快で大変面白いです。
これは実際、宋の時代に36人の頭領が支配する集団が梁山泊にこもり、国を多いに乱したという事件があったのですが、その事件がモデルとなっています。
その話をベースに、中国各地に伝わる英雄伝説の類が加えられ、講談師らによって話が面白く脚色されて広まって行きました。
梁山泊とは?
梁山泊というのは、元々、梁山という山を中心とした天然の要塞を指します。
山の麓を流れる川が岩肌を削ったり、氾濫を繰り返すうちに巨大な湖や湿地帯を作ったことから、自然と守りやすい地形となりました。
108人がここに集まったわけですが、そのことから強者たちが集まる場所や集団を「梁山泊」というようになりました。
水滸伝というのは「水のほとりの物語」という意味ですが、それは湖や川の近くに梁山泊があったことから来ています。
作者は誰?
作者は施耐庵とも羅貫中とも言われています。
羅漢中は三国志演義の作者でもあります。
施耐庵については、長年、実在したのか不明と言われていて羅漢中を作者としていたのですが、近年、施耐庵が実在したことを証明する資料が出てきたということで、施耐庵の作と言われるようになっています。
しかし、その資料の信憑性は高くないとのことです。
そもそも、羅漢中も施耐庵もおそらくペンネームで、しかも複数人による共同ペンネームではないかと言われています。
というのは、当時、教養人は漢詩や歴史書を読んだり、書いたりするのが当然とされ、小説など民衆向けの物語を書く者は低く見られる傾向があったのです。
書いた知識人は本名を名乗ることをはばかったことが推測されます。
金瓶梅の作者なんて、笑笑生という、とても本名とは思えない名前です。
複数人で書かれたとされる根拠は、話のクオリティが前半と後半以降では差があることと、作中の地理関係がめちゃくちゃであることなどが挙げられます。
地理関係がめちゃくちゃなのは、各地の説話が取り入れられたからという説もありますが。
物語は何パターンかある?
水滸伝には70回本と100回本と120回本があるとされています。
回というのは話の数です。
講談師が民衆向けに話すような形で広まったことから、回と呼ばれています。
実際、相手に話しかけるような形の文体で書かれています。
このうち、基本的には100回本が原型ではないかと言われています。
というのは、70回本というのは後の時代に金聖嘆という人物が「水滸伝は後半が面白くない」と言い切って、作中にある多くの漢詩とともに余計と思われる部分をばっさり切って書いたことがわかっているからです。
120回本というのは、梁山泊のメンバーが田虎と王慶という宋国に反乱を起こした人物を鎮圧しに行くのですが、この話の中でひとりも主要人物が戦死しないことや、このエピソードの前後にこのことに関する伏線が特にないことから、あとで20回分が付け足されたと考えられています。
中国では一時、70回本が人気だったようですが、日本で今刊行されている翻訳版は120回本がほとんどです。
主人公は誰?
水滸伝の主人公は一応、108人の筆頭である宋江という人物になります。
しかし、この人を中心に話が進んでいくわけではなく、毎回、108人の誰かが主人公という形で話が進んで行きます。
その中で他の人物と出会い、後にその人物が仲間になるという形が多いです。
なお、108人の筆頭である宋江ですが、あまり人気がありません。
武術が得意というわけでもなく、知恵が回るというわけでもありません。
それどころか、最後は判断ミスと言っても過言ではない選択をし、梁山泊崩壊を招いてしまいます。
作中では人徳のある人物とされていて、彼の名前を聞いただけで、盗賊までが平伏するほどなのですが、読者にはなぜそうなるのか理解できません。
むしろ、他の人物、蛇矛の名手・林冲、破戒僧の魯智深、虎殺しの武松といった人物の方が活躍も多く、男っぷりのいい人物なので人気があります。
日本テレビで過去にドラマ化されていますが、そのときは林冲が主人公となっています。
ちなみに、この番組は視聴率がいまいちだったらしく、この番組の製作費を穴埋めするために、有名な夏目雅子や堺正章主演の西遊記が作られたとされています。
こちらが大ヒットしたため、製作費を回収できたという噂があります。
セットなどは一部、水滸伝に使用されたものが使い回されていたそうです。
なお、登場人物のひとりに李逵(りき)という暴れん坊で、三度の飯より殺人が好きという巨漢の男がいます。
彼は権力を恐れず、ずる賢い人物たちを痛快に叩きのめすので中国では大人気です。
しかし、その際、多くの関係ない人間をも巻き込んで殺してしまうため、日本人には血生臭すぎて評価が分かれています。
なぜ、日本では三国志演義ほど読まれていないのか?
水滸伝はラストがすっきりしません。
国を替えてやると108人が集合し、立ち上がるところまでは面白いのですが、そこから期待された人物たちがあまり活躍しません。
しかも、悪大臣たちを懲らしめてやるはずが、国から誘いを受けて官軍となり(元役人である宋江の判断)、最後は各地の反乱鎮圧に使い回されて利用されます。
最終的には方臘(ほうろう)というマニ教徒の起こした反乱を鎮圧に行くものの、大半の仲間が戦死してしまいます(この件に関して、宋江二人説という形で別記事にしてあります。よかったら読んでみてください)。
それでも、一部生き残ったものたちは名士として遇されるのですが、悪大臣たちは皇帝からお叱りを受ける程度で、特に何の罰も受けません。
彼らは最後、毒入りの酒を送って、宋江を毒殺します(宋江は毒入りとわかっていて飲みました。その際、自分の死後、李逵が反乱を起こし、梁山泊の名誉を汚してはいけないと巻き添えにしました)。
あと、人肉饅頭や悪人を寸刻みにして殺す、浮気女の腸を引きずり出して殺すなどという残酷な描写もあり、そのあたりも人気にならない理由かもしれません。
後日譚がある?
上記したように、終わりがすっきりしないところから、後に「水滸後伝」という作品が別の作者によって作られました。
水滸伝の後半に仲間のひとりが南の島に行き、そこの王様になるというエピソードがあります。
それを元に作られた話で、梁山泊の生き残りメンバーや関連のあった人物たちが、再び数奇な運命で集まり、今度は悪大臣たちを退治する話となっています。
作中、日本の関白率いる軍と戦うエピソードもあります。
入門書としては何を読むべきか?
小説から入ると難しい漢字や文量が多く、読みづらいところがあります。
まずは漫画で読むのをおすすめします。
一番、おすすめなのは、巨匠横山光輝先生が描いた漫画です。
これは後半がダイジェスト風になるなど、水滸伝のストーリーを完全に網羅したものではありませんが、面白さが十分わかる傑作です。
これを読んでから、訳本を読まれると読みやすくなると思います。
なお、北方謙三先生の水滸伝は面白いですが、水滸伝の世界を北方謙三先生が独自解釈で組み直した話なので、水滸伝を読んでから挑戦すべき作品だと思います。
銀河英雄伝説で有名な田中芳樹先生が翻訳し、読みやすく書き直された「水滸後伝」が発売されています。
残念ながら日本の関白は登場しませんが、日本人にはわかりにくい部分をわかりやすく解説してくれているので読みやすいです。
本編を読まれたあとに読まれることをおすすめします。
なお、現在、手に入りにくくなりましたが、昔、光栄(現コーエー・テクモゲームス)より、水滸伝のゲームが2作出ていました。
ゲームも原作を読んでからだと結構面白いです。
その他のエピソード
水滸伝の登場人物にはそれぞれあだ名がついているのですが、中には三国志などが由来のものがあります。
小李広の花栄……前漢の飛将軍と呼ばれた弓の名手、李広から来ている。花栄も弓の名手。
病尉遅の孫立……唐王朝建国の功臣で、戦場で一度も傷つくことがなかったという武将、尉遅敬徳にあやかっている。
大刀の関勝……関羽の子孫。容貌はそっくりで、青龍偃月刀を同じように扱うため大刀というあだ名がついている。
病関索の楊雄……関羽の息子関索から来ているあだ名。なお、病というのは本来黄色いという意味だが、この場合は関索もどきとでも解釈する。
小温侯の呂方……温侯というのは呂布のこと。その小型版とでも言うべきか。ただし、呂布ほどこの人物は活躍しません。
梁山泊の軍師には、智多星のあだ名を持つ呉用という人物がいて、作中、諸葛孔明に匹敵するなどと散々持ち上げられています。
しかし、初歩的なミスで仲間を危うくさせる、軍を采配するものの大して成功しないなど、活躍するシーンがあまりないため、中国では無能な人物のことを「梁山泊の軍師」と呼ぶことがあるそうです。
「無用」と「呉用」が中国では音が近いそうです。
麻雀は水滸伝が元になっているという説があります。
例えば、大三元という役満がありますが、これは水滸伝に阮小二、阮小五、阮小七という三兄弟がいることが元ではないかと思われます。
結構、日本でも身近なところにある水滸伝。
もっと、読まれるようになるといいのですが。
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