「源平合戦」は、実は「平平合戦」だった? 本当の勝者は?

地理・歴史系

高田崇史氏の「源平の怨霊」という本を読みました。
高田崇史氏は「QED」や「カンナ」など、歴史ミステリーシリーズで人気の作家さんです。
この作品では殺人事件は起こりませんが、主人公の大学教授と仲間ふたりが源平合戦や平家物語の裏側にある疑問をひたすら解いていきます。
いくつか挙げますと……

・なぜ義経は怨霊になっていないのか?
・一の谷の戦いの逆落としはなかった?
・義経は漕ぎ手を狙えとは言っていない?
・なぜ平清盛は池禅尼の頼みを断れず、頼朝を殺さなかったのか?
・なぜ頼朝は鎌倉に幕府を開いたのか?
・曾我兄弟の仇討ちは頼朝も狙っていた?
・頼家と実朝は北条政子の子ではなかった?
・なぜ、安徳天皇を義経に引き渡さず、巻き添えにしたのか?

安徳天皇女性説……ゆえに海の底へ沈んだ?
はじめに 高倉天皇の子で、母は建礼門院徳子、祖父は平清盛となる安徳天皇。 壇ノ浦の戦いで平家が敗れた結果、二位尼に背負われ、三種の神器と共に海の底へと沈んだ悲劇の天皇です。 享年は現在の年齢で言うと、満6歳4ヶ月。 『平家物語』...

など、このあたりの謎が次から次へと論理的に解かれていきます。
目からウロコが落ちるくらい痛快です。

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詳しくは本を読んでいただきたいのですが、記事タイトルに示した謎だけネタバレしておきます。
平清盛やその一族が平氏なのは言うまでもないですが、頼朝の周辺にいた人物たち……北条氏や三浦氏、梶原氏、和田氏、彼らは皆平氏です。
なんとなく、源氏といえば東国にいて、平氏といえば西国にいるというイメージがありますが、間違いです。
なぜなら、平将門が関東で反乱を起こしているように、実は平氏の根拠地は元々、東国だったのです。
たまたま、清盛の一族だけが伊勢に渡り、そこで力を持っただけで、東国には平氏の一族がたくさんいたのです。
そして、北条氏らがいたところに、頼朝が流されてきた。
北条氏らは頼朝を利用して戦に勝ち、そして、邪魔になると源氏の血脈やライバルとなった三浦氏などを滅ぼした。
最後に権力を握ったのは北条氏というわけで、この戦いは「源平合戦」というより、「平平合戦」だったというわけですね。
さらに、頼朝の命を救った清盛の母、池禅尼は藤原氏の出身でした。
このあたり、最後に勝ったのは誰と考えるべきなのか……
歴史というものは本当に奥が深いと思いました。

少し分厚い本ですが、文章は読みやすいですし、面白いから一気に読めます。
歴史好きの方はもちろん、そうでない方も一度、手にとっていただきたいですね。

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