月亭可朝が選挙に立候補したときの公約と立川談志の議員時代のエピソード

芸能系

月亭可朝師匠とボインについて

丸いメガネにちょび髭、カンカン帽の出で立ちが特徴的だった、故・月亭可朝師匠。
「嘆きのボイン」という名曲で知られる氏ですが、実は国会議員に立候補したことがあります。
そのときの公約というのが、一夫多妻制の導入と、風呂屋の男湯と女湯の壁を撤去することでした。
しかし、残念ながら、落選してしまい実現しませんでした。

ちなみに「嘆きのボイン」という名曲が生まれたのは、プールサイドでの余興の仕事が入った際に何をテーマに笑わせようかと考えた結果だと言われています。
「ボイン」という単語自体は、11PMという番組で、大橋巨泉が朝丘雪路の巨乳のことをボインと呼んだのが始まりとされています。
ただし、貧乳を意味する「ナイン」や「コイン」はこの曲が始まりという説が有力です。
この「嘆きのボイン」はヒットしたコミックソングの始まりと言われていて、後の「あのねのね」や「つボイノリオ」に影響を与えたとも言われています。

立川談志師匠のエピソード

一方、落語家で国会議員経験者といえば、立川談志師匠が有名です。
こちらはちゃんと参議院議員に当選し、沖縄開発庁政務次官にまでなっています。
しかし、沖縄の施設を視察したあと、二日酔いの状態で記者会見に臨み、「酒と国会とどっちが大事なんだ?」と聞かれ、「酒に決まっているだろ」と答えたという逸話があります。
結果的にこれをきっかけとして政務次官を辞職することになります。

しかし、これは質問をした記者が意地悪でしょう。
そこで「国会です」なんて殊勝に答えるような談志師匠をファンは望んでいないはずだし、投票もしないでしょう。
結局、国会議員は一期だけ務め、以後、立候補はしていません。

<2019追記>
横山たかし・ひろしのふたりは、横山やすしの弟子ですが、やすしは弟子に対する厳しさで知られていました。
それに対し、月亭可朝は何事にも無頓着で、弟子に対してもそうであったそうで、代表的な弟子である月亭八方は、やすしにしごかれるたかしひろしを見て、可朝師匠を選んで良かったと胸をなでおろしていたとか。

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