ゲーム「信長の野望」の初期作品に関する雑学あれこれ 昔、方言モードがあった。

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光栄(現コーエーテクモゲームス)の金字塔的歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」シリーズ。

光栄を一躍トップメーカーに押し上げ、当時の多くの少年少女を戦国時代オタクへと足を踏み入れさせた偉大な名作です。今やリアルで美麗な3Dグラフィックと緻密な戦略性が魅力ですが、PC88などのマイコン全盛期だった初期作品には、思わずクスッと笑ってしまうようなユニークな仕様や裏エピソードが満載でした。

今回は、すべての原点となった名作『川中島の合戦』のエピソードから、初期「信長の野望」にまつわる雑学までたっぷりとお届けします!

1. 【信長の野望の歴史】原点は『川中島の合戦』!夫婦の挑戦から始まった

今や世界中にファンを持つ巨大IPとなった「信長の野望」ですが、その歴史は1台のマイコンと、1本の「処女作」から始まりました。

1980年代初頭、家業の染料問屋が倒産するという危機に瀕していた創業者・襟川陽一氏。妻の恵子氏が誕生日にプレゼントしてくれた1台のパソコン(PC-8001)に魅了された襟川氏は、独学でプログラミングを学び始めます。

そして1981年、記念すべき光栄初の歴史シミュレーションゲーム『川中島の合戦』を発売します。武田信玄と上杉謙信の戦いを題材にしたこの作品は、マイコンソフトとしては当時異例の数千本以上を売り上げる大ヒットを記録!

この『川中島の合戦』の手応えと成功があったからこそ、そのシステムを大幅に拡張・発展させる形で、1983年に伝説の第1作『信長の野望』が誕生することとなったのです。

ハードの進化とともに歩んだ歴史と変遷

「信長の野望」シリーズは、ゲーム機の進化の歴史そのものでもあります。

  • 1980年代(黎明期):『川中島の合戦』から『信長の野望』初代(17ヶ国)、そして『全国版』(50ヶ国)へと舞台が全国へ波及。ファミコンなど家庭用ハードへも進出しました。
  • 1990年代(武将ドラマと進化):『戦国群雄伝』で配下武将の概念が登場。『武将風雲録』『覇王伝』『天翔記』など、茶の湯や官位、論功行賞といった戦国時代のリアリティが次々と盛り込まれました。
  • 2000年代〜現在(リアルタイム&広大な3D):『革新』で日本全国が1枚の3Dマップとなり、リアルタイムで部隊が動くシステムへと激変。『創造』や『新生』では、AIが自律して動く現代最高峰の歴史シミュレーションへと昇華しました。

2. 最初は信長(と信玄)しか選べなかった!?プレイヤー選択の制限

今でこそ何百人という武将や大名から好きな人物を選んでプレイできる「信長の野望」ですが、初代作品はタイトル通り「信長の野望」を体験するゲームでした。

そのため、1人プレイの際に選べる大名はなんと「織田信長」ただ一人だけ!

最大2人までの同時プレイに対応していましたが、2人目のプレイヤーが操作できるのも「武田信玄」のみでした。上杉謙信や北条氏康といった有名大名はマップ上に存在するものの、プレイヤーが自ら操作することはできなかったのです。

全国の好きな大名を選んで天下統一を目指せるようになるのは、第2作『信長の野望・全国版』を待つことになります。

3. 初代『信長の野望』はエリアが狭かった!

今でこそ全国50ヶ国以上、海外や城単位まで網羅される「信長の野望」ですが、初代『信長の野望』は、近畿・中部地方周辺のわずか17ヶ国しかありませんでした。

東は越後の上杉謙信、西は摂津の三好長慶あたりまで。そのため、伊達政宗や毛利元就、島津義久といった全国区の人気大名たちは登場すらしなかったのです。

その後『全国版』で50ヶ国へと広がり、ファンは大歓喜しましたが、なんと第3作『戦国群雄伝』では「武将個人に焦点を当てる」というシステムの都合上、再び東北や九州が削られてエリアが狭くなるという試行錯誤の歴史を辿っています。

4. シブサワ・コウの正体とフクザワエイジ

「信長の野望」のプロデューサーとしておなじみの「シブサワ・コウ」氏。

長年の間、「実在する人物なのか?」「開発チームの共同ペンネームなのではないか?」とファンの間で熱く議論されていました。

その正体は、光栄の創業者である襟川陽一氏本人であることが後に明かされます。名前の由来は、襟川氏が尊敬する実業家「渋沢栄一」のシブサワと、光栄(KOEI)のコウを組み合わせたものです。

ちなみに、初期の作品には「フクザワエイジ」という開発スタッフ名も登場していました。こちらの由来は福沢諭吉の「フクザワ」に、光栄の「エイ」、そしてシブサワ・コウ(長男的扱い)に対する次男的存在として「ジ」をつけたという、何とも遊び心あふれるネーミングエピソードがあります。

5. 配下武将がいない!大名だけの孤独な戦い

初期の作品には「配下武将」という概念が存在せず、プレイヤーは「大名そのもの」として国を治めていました。

そのため、大名が寿命や病気で死亡すると、後継者を選ぶことができずに即ゲームオーバー。また、難易度を最高に設定すると、プレイヤーがコマンドを1つも入力する間もなく、ゲーム開始直後の第1ターンで隣国の強大名に攻め込まれて滅亡するという、理不尽極まりない初見殺しも日常茶飯事でした。

6. 連打と運が命!大名の能力値は「スロット方式」

初代や『全国版』では、大名の能力値(健康・IQ・野望・カリスマなど)が固定されていませんでした。

ゲーム開始時、画面上でランダムに回転する数字を「スペースキー」を押して止めるという、まさにスロットマシンのようなシステムで初期能力を決定していたのです。

少しでも高いステータスを出そうと、目押しに挑戦したり何度もやり直したりするプレイヤーが続出。織田信長なのに「IQがめちゃくちゃ低い信長」や「健康度が低すぎてすぐ死ぬ信長」が誕生してしまうカオスな仕様でした。

7. 幻の「方言モード」があった!

第2作『信長の野望・全国版』には、今となっては伝説的な「方言モード」が搭載されていました。

このモードをONにすると、登場する全国の大名たちがそれぞれの地域の方言でセリフを喋り出します。

  • 織田信長・豊臣秀吉(尾張・美濃):「〜だぎゃー」「〜だでよ」
  • 武田信玄(甲斐):「〜ずら」
  • 伊達政宗(陸奥):「〜だっちゃ」

当時のフロッピーディスクやROMカセットの極小グラフィック・音声容量の中で、これほど細かなテキストパターンを仕込んでいたのは驚異的と言うほかありません。近年のリアル路線では消えてしまいましたが、「あの独特の愛嬌が好きだった」と復刻を望むレトロゲームファンも少なくありません。

8. ドラマチックすぎる「本能寺の変」イベント

作品を重ねるごとに充実していったのが歴史イベントです。とりわけ「本能寺の変」は、特定の発生条件が非常にシビアに設定されていました。

「信長が京都(二条城など)に少数の兵で滞在している」「隣国に明智光秀が配置されている」「信忠が控えている」など、史実通りの状況が揃うと突如イベントが発動!

一瞬にして信長が討たれ、領地が分裂して明智軍との討伐戦が始まるなど、プレイヤーに強烈な絶望と興奮を与える名システムとして定着しました。

9. 加賀が一向一揆の総本山?「本願寺」の地理的事情

史実での本願寺勢力の中心地は、摂津国(現在の大阪)にあった「石山本願寺」です。

しかし初期の「1国1大名」システムでは、摂津国にはすでに有力大名の三好氏が存在していました。同じ国に2つの勢力を置くことができなかったため、開発陣は苦肉の策として、一向一揆によって守護大名の富樫氏が倒されていた加賀国(石川県)を本願寺の拠点として設定したのです。

10. 政治力がすべて?「行動力」と「文化」パラメータ

一時期の作品では、大名や国主の政治力がそのまま「行動力」というリソースに直結していました。

例えば「兵隊を雇う」コマンドに行動力が10必要だとすると、政治力100の名将なら1ターンに10回も兵を雇えるのに対し、政治力10の凡将は1ターンに1回しか行動できません。優秀な大名とダメ大名の格差が露骨に出るシステムでした。

また『武将風雲録』で登場した「文化」パラメータも強烈でした。文化度を上げると金銭収入が増えたり茶会を開けたりしますが、恩賞として配下に「茶器」を贈るシステムがあり、一度与えた茶器を取り上げると武将の忠誠度が激減して即謀反を起こされるという、リアルで厳しい人間模様が描かれました。

11. 名前が狂う?「一字拝領(偏諱)」の罠

武将の忠誠度を上げる恩賞として、主君の名前から一文字を与える「偏諱(へんき)/一字拝領」が再現された作品もありました。

主君の名前の末尾の一文字を配下武将に与えると、武将の名の頭文字が変化して忠誠度が大幅アップします。

しかし、このシステムには予期せぬ欠陥(?)がありました。あげる字と受ける武将の組み合わせによっては、名前が奇妙に変身してしまったり、史実の別人と同じ名前になって誰だか分からなくなる事故が多発したのです。

【悲劇の例】
今川義元が「元」の字を長宗我部信親に与えてしまうと……名前が変わり「長宗我部元親(父親と同じ名前)」が爆誕してしまう!

誰が誰だか混乱するカオスな事態を引き起こしつつも、当時のプレイヤーたちを楽しませた名物機能でした。

なお、通常、このふたりが出会うことは時代的にありえません。あくまで一例ということで。


『川中島の合戦』という1本のヒット作から始まり、信長と信玄しか選べなかった17ヶ国のドット絵を経て、1枚の3D全国マップへ。40年以上の時を経て進化を続ける「信長の野望」シリーズですが、こうした初期作品の試行錯誤や遊び心あふれる演出があったからこそ、今なお愛されるロングセラーブランドとなったと言えるでしょう。


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