コンビ名を最初につけた漫才コンビは、漫才ブームを作ったあのコンビ

芸能系

元々、コンビ名をつける漫才師は少なかった。

「夢路いとし・喜味こいし」、「横山やすし・西川きよし」、「中田カウス・ボタン」など、漫才コンビは星の数ほどありますが、「ダウンタウン」や「ツービート」、「ナイツ」などのようにコンビ名を名乗ってはいません。
芸名を並べただけです。
諸説ありますが、コンビ名を最初に付けた漫才コンビは「B&B」だと言われています(コメディNo.1だという説もあり)。
名前の由来は島田洋七がバイトをしていたディスコの名前だとか。
当時は「コンビ名をつけるなんて変わっているな」と言われたそうです。
なお、三人組以上でグループ名を名乗っている人たちはたくさんいました。

島田紳助が憧れたB&B

「のりお・よしお」の上方よしおは、西川のりおとコンビを組む前は、島田洋七と「B&B」としてコンビを組んでいました。
島田洋七の二代目の相方で、当時は上方真一と名乗っていたそうです。
島田紳助が衝撃を受けたというB&Bは、この頃のB&Bで、このコンビを追い越したいと考えて、同じ島田一門に弟子入りしたという逸話があります。
物凄いスピード感で話す漫才に今までと違うものを感じたとのことで、後に「漫才ブームを作り、それからも残ったのは、B&Bとツービートと紳助・竜介だけ」と語っています。
なお、島田洋七が話すところによると、このスピード感あふれる漫才は横山やすしのアドバイスによって生まれたということです。
おまえの声はよく通るからスピードを上げてもいいのではないかと言われたとか。

にしき堂からは感謝されている。

島田洋七は逸話が多い人で、しかも「話していることのほとんどが嘘」と呼ばれるほど、芸人らしい胡散臭さを持つ人物ですが、「広島名物もみじまんじゅう!」のギャグによって会社が大きくなった「にしき堂」の社長には大変感謝されているらしく、大金を渡されそうになったことがあるということです。
それは固辞したものの、「島田洋七が広島で飲食した場合は、すべてにしき堂に請求書を回せ。島田洋七に金を払わせてはならん」と、広島中の飲食店に伝えているという逸話があります。
ちなみににしき堂の当時の社長と洋七の母が知り合いだったという縁もあるそうです。

余談

ちなみに「やすし・きよし」は、一時期「ベース・ボール」というコンビ名が検討されたらしいですが、横山やすしがまったく野球を知らなかったので、却下されたという逸話があります。
後に横山やすしがダウンタウンを番組で説教した話は有名ですが、このとき「ライト兄弟」と名乗っていたことにも激怒したそうです。
「ライト兄弟」と名乗っていたのは、飛行機好きの横山やすしのご機嫌を取ろうと、スタッフが即興で考えた名前を急遽名乗ったからですが、かえって横山やすしの感情を逆撫でしたとか。
番組内では5分程度に編集されていますが、実際は1時間半くらい怒られたそうです。


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